ワタシについて

はじめまして。
山本あゆみ(旧姓:見留)と申します。

一部上場企業に勤める営業職の夫と、
4歳のパワフルな息子と3歳のおてんば娘と暮らす、普通の年子ママです。

 

【生い立ち】
<学生時代>
海なし県の山梨県清里で生まれてすぐに、看護師の母と共に父の仕事(陶芸家)の関係で
(またもや海なし県の)栃木県へ引っ越す。
男の子ばかりの幼馴染みと泥んこで遊ぶ日々。

小学ではピアノ伴奏、書道や美術などで賞を受賞、学級委員、中学はソフトボール部の左ピッチャー、
地元の進学校の女子校では水泳部部長を経験させてもらうなど、
性格はおとなしかったが、ポジション的には何かと目立つことが多く、軽くいじめられた時期あり。

そんな中で、好き嫌い色々なタイプの先生に出会い、
学校の先生ってどうやってなれるの?というその”過程”に興味があったのと(先生になる気持ちはなかった…)、
海が近い国立大学がいいな〜という条件で秋田大学教育学部を選ぶ。
(ピアノを10数年習っていたので、活かせそうな音楽療法士も考えたがお金がかかるからと親からのNGで断念…)

住めば都。秋田大好きになり、卒業後も何度も足を運ぶ。
(大曲花火はもちろん、ババヘラ、横手のかまくら、乳頭温泉、市内の生グソ(生グレープソフト)目当てで行ったり、友人に会うだけということも)

自然大好き、生き物大好きが高じ、生物を専攻。
卒論は当時、海の生き物をテーマにすることがNGだったが、
どうしても海洋生物やりたい!と先生を困らせ、勝手に調査し、勝手に報告。

そんな私を見兼ねて、担任はしぶしぶOKを。
反対する先生もいたが、結果的には卒論だけでなく、先生のバックアップのおかげでパブリック論文にも投稿することができた。
(日本ベントス学会 http://benthos-society.jp/newpage1.html

他の先生からは、どうせなら英語版も出しちゃいなよ!と言われたが、ビビリな私はやらずに逃げて卒業…。

もっと海のことを知りたい!海の近くがいい!という想いで高校免許を取得後、
その行動力と成果の甲斐あってか、広島大学の海洋系の大学院への転入に成功。

ただ私にとっては広大はレベルが高く、学力的に足りてないことは
重々自覚していた(担任にも受かると思ってなかったと言われちゃうほど♡)ので
入学前に、せめて海に潜る基礎知識くらいは入れておこうと思い、潜水士の資格を取得。

入学後、憧れていたダイビングを研究で多用するため、沖縄で潜水講習を行なう。
想像以上にキツく、辛く、講習中の1週間、毎晩体調不良で寝込む。

華やかなイメージだったダイビングは、この頃からすでに崩れ去り(笑)
いつでも死ねる、、と命との隣り合わせの業務であることも同時に知った。

大学院で所属していた研究室のフィールド地は、
鹿児島県にある人口200人を切る口永良部島
(現在は活火山島で騒がれている。ちなみに一般的に言われてる「エラブ」はここではなく沖永良部島のこと)

そこに住み込み、海に潜り、魚の観察をする、という
ダイビング三昧の生活を送る。
ダイビング本数は、約250本ほど経験。

研究で2年間お世話になった。
研究内容よりも、そこで暮らす人の生命力の強さ・凄さ
自然との共生する大切さを実感できたことが、
もう今では体験できない自分の財産となり、自分の基盤にかなり影響された。

その辺りから、「大手企業」という肩書きに拘ることへの疑問を抱き
就活で覗いてみるも、やっぱり違う、、と感じていた。

と同時に、大学院まで出させてもらってベンチャー企業を選ぶなんて、親不孝だよなという葛藤もあったが
自分がやりたいと思えない職場に入っても、もし失敗した時に、他人のせいにしそうだし
仮に入社できたとしても誰にもメリットがないのでは?という想いが募り、、、

<社会人デビュー>
最終的に入社したのは、福井県にあるベンチャー企業
最初は男しか採用しないと断られたが、またしつこい私はあれこれ想いをぶつけ、
20個ほどの”田舎&アウトドアあるある”の条件をクリアし、めでたく入社。

初任給手取り11万弱
大学・大学院の6年間ずっと奨学金を借りてた私。
そこから中古の車代(田舎なので無いと通勤できない、暮らせない…)、生活費、家賃。。。

お金の心配はあったものの、学生時代に貯めた少しばかりの貯金を切り崩しながら
アウトドアイベントの企画・運営をはじめ隣接した宿業もサポートしていた。

実は、自分では仕事内容的には「天職」だと感じていた。
お客様からもすごく好評だったし、ここでずっと働きたい。
本気で思っていた。

でも、、、お金がなくなるって、こういうことなんだ…
と人生初めてお金と向き合うことになる。

栄養失調で倒れ、手が震えて字が書けない自分を目の当たりにし、
「身体があってこその想い」「この先お金も身体も不安」「結婚願望はないけど趣味をもっと続けたい」
給与は増える兆しがない、上がってもそんなに上がるわけない。。。

このままじゃ、、、継続は厳しい。。

うつ病になり、ようやく事の大きさを知り(笑)、部署移動などの提案もいただいてたが
自然体験を提供する仕事から離れなければならない現実を受け入れられず、退職。

周りから、やっぱりな〜、当たり前だよ〜、最初から大手にすればよかったのに、、、
などなどの冷ややかな視線を受ける。

でも、不思議と後悔はなかった。なぜなら、自分で決断しての失敗だったから。
むしろ、自分勝手で根拠のない自信をもつ自分にとっては、いい戒めだったと今では想う。

実家に出戻り、親を心配させながらも鬱から完全復帰の半年後。

やっぱり私は何も知らなすぎるんだ、、、と大嫌いではあったが情報が集まる東京に出て、
自然関係の仕事を探そうと決意。

取りあえず前職では貯金もできず、むしろ使い切ったので
東京に住むための資金作りのため、アルバイト・派遣を始める。
工場で車部品の梱包やダンボール作り、食品加工、白菜収穫、家庭教師、飲食店、ホテルコンパニオン、イベントスタッフ、試食販売、テレオペ、夜中の配送業作業、、、。
なんでもやった。とにかく何でも。

ある程度溜まって不動産巡りをした時に、また新たな問題が起こる。

アパートを「貸してもらえない」事件。笑

信用がないから。

前職の職歴が浅い、無職の状態で探していたから。

前職でたまたま作っていた1枚のクレジットカードに助けられ、
念願の東京住みがスタート。

そこからの職探しは全て、職歴よりも
「学歴」と目にいる「自分のありのままの姿」だけを
かろうじて信じてもらえた、という感触。

自然関係の仕事なんて、ない。笑

なので、情報を拾うアンテナだけは捨てずに
人が好き、人と何かを繋げるパイプ役になりたい、行動力はある、などを前面に出して
大手の人事職で働くようになる。

そんな中、3年目でようやく都内での自然関係の仕事を見つけ、入社。
超ブラック企業で長くは勤めなかったが、かなりいい勉強をさせてもらった。

その会社での直属の上司の第一印象がまた感じ悪く、、、
何でもはっきり言うし、何事も全力で、自然のしも知らないでやってるだろ、、、と
内心イラつきを抱いていたが、

その1年半後、まさかの私の夫となる。笑

そして両親の顔合わせの直後、実父のガン告知を受ける。
食道がん。それも「ステージ4」。

酒飲みだったが健康・スポーツオタクだったので衝撃を隠せず。

そのことがあり、結婚式を”先延ばし”か”前倒し”か、、、

様子見で、術後、
良くなるようであれば少し落ち着いた頃に、
もし逆の進行が早ければ先に、と、

一人目の妊娠が発覚し、某省庁での勤めを辞めたとき。

 

 

子どもが産まれたら家にいることが増えるんだろうな~

子どもの傍にいながら仕事できたらいいな~。

やりたい事で起業ってできるのかな~。

 

 

そんな軽い気持ちでネット検索して見つけたのが

とある方がブログで告知していた起業セミナーでした。

 

そのセミナーは2日後に東京で開かれると知り

ナイスタイミング!と飛び込んだのが

たまたまBUYMAというプラットフォームで稼ぐ方法の紹介でした。

 

ブランドもGUCCI、CHANEL、Patagonia程度しか知らないし

ファッションも全然詳しくないアウトドア大好きな私が

バイヤーとして成り立つのか?!

そんなんで大丈夫か?

 

謎だらけでしたが

当時からやりたい事はあったものの

ぼんやりとしていてまだ固まってなかったので

 

まずはインターネットで稼ぐ方法を

しっかり学んでおこうと

セミナーのバックエンド39万円を支払い、

必死にやり始めて翌月。

 

利益7万円!!

 

売上ではなく、利益で!?

 正直驚きました。本当に稼げるんだ…と。

 

 

そうとわかったら、子育てで忙しくなる前に

外注化の仕組みづくりだ!と意気込んでたのですが

 妊娠後期にさしかかっていたため

デスクワークの負担が思いのほか辛く

後期つわりも酷くなったところで、一時中断。

 

産まれてからは想像通り、

体力気力ともにヘトヘト。

 

翌年にはめでたく2人目も産まれ、さらに賑やかに。

 

旦那を巻き込みながら慣れない育児を

2人3脚でやってきて

息つく間もなく2年が経ったころ。

 

BUYMAの国内買付セミナーをきっかけに復活したのですが

 

2人の子どもを両手に連れて

電車移動での買付は

あまりにもキツくて可哀想で挫折。

 

やはり在宅で完結する

海外買付メインで

今度は薄利多売を辞めて高値売りにシフト。

 

ちょうどその頃、

子育て真っ最中の物販の師匠に出会えて

2018年5月に産後初の月利10万越えを達成。

 

 

周りに比べたら額は少ないのですが

私にとってはここまで来るのに

相当な時間がかかりました。

 

仕事だけでなくプライベートでも

躓いていたのですが

親身に相談に乗ってくださってた師匠の存在は

かなり大きかったです。

 

なので達成した時は、嬉しさも一際、

師匠に涙しながら報告するほどでした。

 

この達成は私にとっては

かけがえのない心に残る経験となり

自信にも繋がりました。

 

この頃、いくつかのきっかけが重なり

自分のビジネスについて

人生で一番深く考える時期にもなりました。

  

・・・・とここまでが

インターネットビジネスのお話。

 

 

冒頭で、「やりたい事がぼんやりしている」と書きましたが

そのやりたい事とは

「自然体験を広めるビジネス」です。

  

実は私、自然が大好きなんです。

 

大学で生物を専攻したのも、

大学院で学校を変えてまで海洋生物に転入したのも、

大学院を出させてもらったのに

手取り11万の自然体験イベントの運営会社に入社したのも、

 

大好きだから。

 

ホントそれだけの動機でした。

 

でも結果的に栄養失調となり、、。

アウトドアは無理でも

別部門である宿業の空間デザインなら

活かせる可能性があるからやってみないか?

という社長のお心遣いさえも

アウトドアから外されるなら辞めます、と

お断りする始末…。

 

 

周りに呆れられてでも

やっぱり自然体験を沢山の人に広めたい想いは

どうしても消えませんでした。

経済的な循環がないと

せっかくのいいコトしていても

継続ができないと感じていたので

ボランティアではなく

とにかく仕事として関わることに

拘ってました。

 

 

でも、安月給が当たり前の業界。

 

自分の生活、どうする…。

家族を持ったら、どうなる…。

まだ諸々の返済が残ってる…。

好きを仕事にしちゃいけないのか…?

親孝行なんて、いつできる…。

結局、金か…。

 

 

いろんな悔しさが入り混ざり

どこに怒りをぶつけたらいいのか。

 

もう悔しくて、悔しくて…。

大泣きしたあの時期…

今でも忘れられません。

 

その後、気持ち新たに

大好きな田舎を離れて

情報が集まる東京に移り住めばきっと

自然関連の仕事情報も

何かしらつかめるんじゃないか、と

期待するも

 

 

今度は、お金に悩まされました。

 

安月給過ぎて、大学院までに貯めていたお金を

生活の足しにしていたので

完全にゼロスタート。

というか、奨学金6年分の返済がスタートしていたので

マイナスか。 。

裕福でない実家に頼ることはもちろん、

底をついてることはバレたくなかったのもあり

地元で足早に引っ越し資金を貯め

いざ都内の不動産を回ってみると

無職で仕事もまだ見つかってない人間に貸せるアパートなんて、ない。んですよね。

知らなかったー。笑

 

それこそイベント運営会社の頃に

たまたま審査が通った1枚のクレジットカード。

これに助けられ、東京に住む、というステージまでこれました。

ちなみに他の複数枚のクレカは審査落ち。。

 

 

もう雇用形態への拘りは既になく

それこそ、自然関連の仕事ないなら

何でもいいや…となり

 

ちょっとでも気になった時給高めの仕事

やってみよー!

と月40万以上稼いでみたり。

せっかくだからステキな高層ビルで

働いてみたいワと、品川や六本木で

人事職に就いてみたり。

一般企業だけでなく、

お役所仕事にも就いてみちゃう?

と、霞ヶ関でも働いてもみました。

  

どの仕事も、ワクワクはしなかったものの

スキルアップしていく楽しさはありましたし

やるべき事はそれなりにこなしつつ

職場の人間関係もそこそこよかったので

継続して欲しいとたくさんお声がけ頂けたのは

嬉しかったのですが。

 

ですがやっぱり、もっと沢山の方に

もっと近い距離で

日本全国の自然の魅力をお伝えしたい。

  

、、、しつこいな、ワタシ。笑

 

そんな自分も知る機会となりました。

なので実際に、ワタシは自然環境の

どの部分でお役に立てるだろうか?

 

 

そんな想いがずっとある中で

インターネットビジネスと出会ったわけです。

 

 

一つ言えるのは、

インターネットビジネス業界で

BUYMAや情報発信を学んでなかったら

 

自分のやりたい事は

浮き彫りになってこなかったと思います。

 

もっといえば、

師匠が三浦さんと佐野さんじゃなければ

きっと、惰性で働いていたと想います。

  

まだアラフォーだけど、もうアラフォー。

 

やりたい事があるなら

どんどんやらなきゃ。

 

じゃなきゃきっと、後悔する。

 

 

自分を信じて、チャレンジする気持ち。

家族の絆を大切にしつつも

これだけは曲げずに進もう。

 

そんな決意のもと、2018年9月から

先延ばししていたことにチャレンジしてまいります。

その中での気付きや体験談を

ブログ内でシェアさせて頂きますね。

 

  

アウトドアのwebデザイナーを入り口として

自然とヒトとのパイプ役を

仕事で関わる。

 

周りからはまた呆れられるかもね。

でも、頑張ることにしました。